「いやいや、お前動画広告作ってるんじゃないんかい!」
僕もそう思っています。
僕は2018年から広告に携わっていますが、そのキャリアのほぼ全てを「YouTube広告」に捧げています。
動画広告を永遠に作り続けているのに、動画ではなくこうしてテキストで発信する狂気である
このブログでは、私が考えていることをつらつらと発信していこうと思います。
自分の思考や、今何を考えているのか、そして私という人となりを表す1つのツールとして捉えていただきたい。
・すでに私のことを認知している人
・あるいはこれから縁がある可能性のある人
にとって、私が一体どのような人なのか?を知ってもらえる良い機会になると思っています。
*ちなみに余談ですが私は陰占水性の気質で木性の気質がありません。これは火性の伝達本能の欠如として捉えることができ、さらに陽占においても火性が存在しません。つまり「何を考えているか分からない」「想いや気持ちを出さないと現実が動かない」という表れでもあります。きっと一部のマニアしか何を言ってるかわからないと思いますので次へ進みましょう。
「動画の時代が来る」と言われてはや10年以上経ちます。
その時代はしっかり来ました。
YouTube
TikTok
果てにはYouTube Shortまで。
世界は動画を前提に物事が組まれ、ひと昔前のブログ時代は終わりを告げました。
それなのに、なぜ発信をブログで続けるのか?
それにはいくつか理由があります。
① 文字のアウトプットこそ最高のインプットになるから
② 自分の思考が整理されるから
③ 最も可処分時間を取られず効率よく情報収集ができるから
それぞれ見ていきましょう。
① 文字のアウトプットこそ最高のインプットになるから
「アウトプットこそ最高のインプット」
これは元々ボスである寺本さんに教わったことの1つ。
何かをアウトプットしようと思えば、そのアウトプットの過程で自分の中に再インプットされる。
「あの時こう考えてたかな」
「今はこう考えるかな」
「この瞬間の学びを文字に起こすならどうするかな」
そう考えながら物事に対峙するようになるので、何よりも自分のためになるからです。
② 自分の思考が整理されるから
テキストというのは論理思考が鍛えられます。
コピーライティングでご飯を食べている身としては、常にこのコピーを練り上げる力の鍛錬は欠かしてはならないと考えています。
また、「文字は誤魔化しが効かない」と言われるように、物事を発信するとき文字だとちょろまかすことができない縛りを課しているのも理由の1つです。
動画だとどうしてもノリやキャラで超えられるものもありますが、コピーだとそうはいかない。
実際、対面の営業会社に入った新人が数ヶ月で戦力化して売り上げを上げていくのに対し、前職のようなコピーライティングで売る会社では売り上げを作れるようになるまで時間がかかっていました(東大京大阪大のような自分より超優秀な子達であっても)。
常に「ごまかしが効かない」数字と戦っている身としては、やはり普段の発信もテキストでやるべきだろうと判断しています(とはいえブログの感覚なのでライトに考えてはいますが)。
③ 最も可処分時間を取られず効率よく情報収集ができるから
シンプルに、動画、飽きましたよね?
私は結構しんどいです。
動画は受け身で情報を得られるので”情報を得た気”になりますが、実際受動的なので記憶への定着率は低いです。
実際、ドイツの心理学者であるエビングハウスが提唱したかの有名な「ラーニングピラミッド」においては、
「ただ受動的に話を聞く」のと「自分からテキストを読む」のでは、記憶の定着率が2倍違うとわかっています。
まあ、冷静に考えてそうですよね。
・動画ばっかり見てる人
と
・読書して情報を得ている人
では、人間性に明らかな違いが出るのは明白ですからね。
現代の我々の可処分時間はドンドン減っています。
もはや、自分から学ぼうという意欲の高い方である私ですら、動画教材やコンテンツを視聴するのがしんどくなってきています。
だからこそ、移動中とかエレベーターの中とかでサーっと読んでもらえるようなテキストコンテンツという形に落としています。
以上3点がこの動画時代に逆行してテキストにしている理由です。
まあ、あとはある程度自分を奮い立たせるつもりで書いている節もあります。
元々高校2年生の時から日記を書くのが習慣になっていて(ちなみにトリガーになったのは『テイルズ・オブ・ジアビス』)、当時の日記を読み返したり、自分が投資事業でメルマガを書いていたその記事を読み返したりすると、
「ああこんなことを考えていたのか」
「言葉遣いが悪いな」
「考え方が稚拙だな」
と思ってゴミ箱に投げちゃいたくなる気持ちが反面、
「確かにこんなこと考えて仕事してたな」
「こんな目標あったなそういえば」
「こんな学びがあったのか」
と自分のお尻をペンペン叩いてもう一度火をつけるような効果もあるので、ペースは分かりませんが続けていこうと思います。
あとはこのブログを週1回なのか、月1回なのか分かりませんが、もしずっと続けていたとしたら、将来自分の子供が文字を読めるようになったときに、「お父さんこんなこと考えてたのか」と少しでも考えてもらえるようになればいいなと思っていますね。
動画の時代に動画を敢えて使わない。
AIの時代にAIを一切使わず自力で書く。
これがきっと”自分”なのだと思います。